東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)140号 判決 1985年1月29日
東京都板橋区東山町五一番一号
原告
トーアトミジ株式会社
右代表者代表取締役
樽川富次
右訴訟代理人弁護士
駒田駿太郎
同
吉井参也
同弁理士
金子昭生
埼玉県熊谷市大字佐谷田二四一八番地
被告
関東浅野パイプ株式会社
右代表者代表取締役
中村隆衛
右訴訟代理人弁護士
高橋恒雄
同弁理士
田代烝治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和五五年審判第一九一七七号事件について昭和五七年四月二一日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文同旨の判決
第二 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「耐火断熱性管状構造体」とする特許第七〇〇六一三号発明(昭和四四年四月一二日特許出願、昭和四八年一月二九日出願公告、同年八月二一日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、昭和五五年一〇月三一日、原告を被請求人として、本件発明につき特許無効の審判を請求し、昭和五五年審判第一九一七七号事件として審理された結果、昭和五七年四月二一日、「特許第七〇〇六一三号発明の特許は、これを無効とする。」との審決があり、その謄本は同年五月二八日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
合成樹脂からなる内層体と、石綿とその接合材とによる外層体とからなり、これらの内層体と外層体を一体的に結合して構成した耐火断熱性管状構造体。
(別紙図面(一)参照)
3 審決の理由の要旨
(一) 本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(二) 請求人(被告)は、本件発明の耐火断熱性管状構造体と関係の深い技術的内容の特許発明(特許番号第七九一六六三号)の特許権者の一人であり、本件発明と関係の深い技術的内容の繊維強化モルタル被覆硬質塩化ビニール管(商品名:浅野耐火パイプ)であつて建築物の防火区画を構成する壁又は床を貫通する給水管、配電管などとして使用できるものを業として取扱い又は取扱うことを予定する者と認められるから、本件審判の請求に関する法律上の利益を有するものである。
(三) 本件発明の出願前国内において頒布された刊行物である特許出願公告昭四〇-二八四七三号特許公報(以下「引用例」という。)には、硬質ビニール樹脂管4の外周に石綿セメント薄膜を捲き重ねて被覆してなる石綿セメント積層部8を有する多重管であつて、ビニール樹脂管の優れた耐薬品性と大きな強度を有し、ビニール樹脂管の欠点である外力による変形、温度に対する敏感な変化、高温での軟化などの現象を石綿セメント積層部により排除し、ビニール管と石綿管の欠点がなく、両者の長所を具備する多重管(別紙図面(二)参照)が記載されている。
(四) 本件発明と引用例記載の多重管とを対比すると、引用例記載の多重管における硬質ビニール樹脂管4と石綿セメント積層部8とは、本件発明における合成樹脂からなる内層体と石綿体とその接合材とによる外層体とにそれそれ相当するものであり、また、一般に石綿などに使用されるセメントが、石綿及びビニール管の双方と結合し易い材料であることは従来周知の技術であるから、引用例記載のセメントは本件発明における結合材に相当することが明らかであり、引用例記載の硬質ビニール樹脂管4と石綿積層部8とは明らかにセメントにより一体的に結合されているものと解され、引用例には本件発明が開示されているものといわざるをえない。
したがつて、本件発明は、引用例記載の発明に帰し、特許法第二九条第一項第三号に規定する発明に該当し、同条第一項の規定に違反して特許されたものであるから、同法第一二三条第一項第一号の規定によりこれを無効にすべきものである。
4 審決の取消事由
本件発明の耐火断熱性管状構造体は、(a) 石綿とその接合材とによる外層体が、火災に耐えうる性能を有すること、(b) 管状構造体を連通した場合、その外表面が外層体で被覆され、又は目地などにより補充被覆されうる構成を含むことにより、引用例記載の発明が有しない火災による破損を防止する作用効果を奏することができるのに拘らず、審決が本件発明と引用例記載の発明とを同一と判断したのは誤りであり、違法であるから取消されるべきである。
(一) 本件発明の目的については、本件発明の明細書には、「従来給排水用導管に合成樹脂管を使用した場合、火災などで合成樹脂製導管が焼失したり破損したりして、各階への延焼を早めるばかりでなく、導管の焼失の際有毒ガスが発生し、人命に危険を及ぼすなどの被害をこうむることがあつた。この発明は、前記欠点を除去し、火災時における合成樹脂管の破損の生じるのを防止する耐火断熱性管状構造体を提供することを目的としている。」(本件発明の特許公報第一欄第一九行ないし第二六行)と記載されており、また、従来の技術に関して、耐火断熱性管状構造体でない合成樹脂製導管を連通してビルの給排水管として使用し、これをビルの上下の階又は隣接の室間の床又は壁を貫通して設置した場合に、火災が発生すると給排水管はたちまち溶解し、有毒ガスを発生しながら燃焼し、この給排水管を経て各階への延焼を早める欠陥がある(第二欄第三行ないし第一五行、別紙図面(一)第2図参照)と記載されている。
また、本件発明の奏する作用効果については、右明細書には、「この発明の耐火断熱性管状構造体を使用すれば、合成樹脂からなる内層体と、石綿とその接合材とを含む外層体とからなり、これらの内層体と外層体を一体的に結合して構成したので、火災時において合成樹脂からなる内層体を火熱から保護し、前述したような合成樹脂からなる内層体の焼失、破損による被害を未然に防ぐことができ、きわめて安全性が高い。」(第二欄第一六行ないし第二三行)と記載されており、その用い方として、右管状構造体を連通してビルの給排水用導管として各階を貫通し、また、各階の室に設けられている給排水連結口を経て右管状構造体を連通して使用する例(第二欄第三行ないし第九行及び前記第2図)が示されている。
本件発明の明細書及び図面の前記の記載によれば、本件発明の管状構造体の石綿とその接合材とによる外層体は、火災に耐えうる性能を有するもの(火災時に合成樹脂からなる内層体を火熱から保護し、その焼失、破損を防止しうるもの)であることは明らかであり、かつ、右管状構造体は連通して使用するものであつて、連通した場合には、その外表面が外層体で被覆され又は目地などにより補充被覆されるものであることは明らかである(外表面に合成樹脂からなる内層体が露出するものは、火災時の用に適しない。)。
したがつて、本件発明の耐火断熱性管状構造体は、前述のとおり、(a) 石綿とその接合材とによる外層体が、火災に耐えうる性能を有すること、(b) 管状構造体を連通した場合、その外表面が外層体で被覆され、又は目地などにより補充被覆されうる構成を含むものであり、その結果、前記の効果を奏することができるものである。
(二) 引用例記載の多重管は、硬質ビニール樹脂管の外周に石綿セメント薄膜を捲き重ねた石綿セメント積層部を有する多重管であつて、(イ) 右石綿セメント積層部によつて、ビニール樹脂管の欠点とされる温度に対する敏感な変化、高温での軟化、低温での脆化の現象を除去し(引用例の特許公報第一頁左欄第三〇行ないし第三四行)、(ロ) 硬質ビニール樹脂管は、石綿セメント積層部より長い形状を有し、硬質ビニール樹脂管の外表面の一部が右積層部で被覆されている構成のものである。
一般に建築物において耐火性能を有するとは、二時間加熱による一〇一〇度Cの加熱温度に耐えうることをいい、加熱温度に耐えるとは、その加熱温度の下において原形を保持することをいうのである。
ところで、石綿セメント管状物(鋼管あるいは合成樹脂管の外側に石綿セメント部が一体的に結合されているもの及び石綿セメント部のみよりなる管状物)は、必ずしも耐火性能を有するものではない。石綿セメント管状物が耐火性能を有するためには、原料自体が耐火性の良いものを採用し、石綿セメント管状物の製造方法として耐火性能を得る方法を採用し、また、耐火性能の目的に適合した寸法を採用するなどの選択がなされなければならない。更に、石綿セメント管状物をその用途別に分けた場合において、それぞれの用途に従つて耐火性能を備える必要があるものとそうでないものとがあるのであつて、原料として石綿が含まれているからといつて耐火性能が常に備わつているのではない。
引用例記載の多重管は、ビニール樹脂管と石綿セメント管のそれぞれの欠点を排除しようとするものであるが、耐熱性の点については、石綿セメント管が一〇〇度Cないし二〇〇度Cにおいても性能はあまり変らない性質を活用して、軟化点八三度Cないし八八度C、使用限界温度六〇度Cないし六五度C、このため高温において強度低下するビニール樹脂管の欠点を補うことを目的としている。すなわち、引用例記載の多重管は、石綿セメント管が一〇〇度Cないし二〇〇度Cにおいて性能があまり変らないという右のような温度領域に着目して、多重管の性能の改善を図つているのであつて、耐火に必要な一〇〇〇度Cの温度領域における多重管は予想だにしない。
引用例には、石綿セメントの原料液を円筒抄造金網でこし取り無端フエルトに原料薄膜を移載するが、その原料薄膜の厚さが〇・二mm程度である(第一頁左欄第三七行ないし第四〇行)と記載されており、この製造方法は、農業用水管路石綿セメント管の製造方法及びその原料薄膜の厚さと符合しているから、引用例記載の多重管は、配水管ことに土中に埋設される配水管にふさわしい多重管である。
また、本件発明の耐火断熱性管状構造体は、連通して使用することを予定したものであり、それを連通した場合には、その外表面が外層体で被覆され、又は目地などにより補充被覆されうるものであり、その内層体が外部に露出することがない。これに対し、引用例記載の硬質ビニール樹脂管は、石綿セメント積層部より長い形状を有し、硬質ビニール樹脂管の外表面の一部が右積層部で被覆されているものであつて、これを連通して使用するとしても、硬質ビニール樹脂管が外部に露出することがないということは示されていないから、火災時の耐火を目的としたものではなく、また、そのような効果を奏しえないことは明らかである。
(三) 被告は、石綿セメント材が耐火性能を有することは明らかであると主張する。被告は、その理由として、石綿セメント材の材料である石綿とセメントがともに耐火性能を有するからであると述べているが、被告の主張は、素材の性質とその素材が用いられた製品の性質とを混同する議論である。セメントは、水と反応して硬化する鉱物質の粉末と定義できるから、水を加えない前の材料についての議論は技術的に誤りである。また、温石綿で代表される石綿繊維材料、粉末のセメント材料(素材)は、耐火性能を有しているが、その素材を用いて製造した石綿セメント製品には、耐火性能を有するものと、有しないものがある。技術文献に、石綿(アスベスト)は耐火材料に用いられると書かれていても、その意味は、製品として耐火性能を有するものを製造しようとする場合に、石綿を用いるというにとどまり、石綿が用いられるから全種類において耐火性能があるということを記載しているのではない。また、コンクリートの耐火性能は、セメント、砂、砂利などの混合の割合及び砂、砂利などの骨材の種類で違つてくるのであつて、最も耐火性能が大きいコンクリートでも、九〇〇度Cを超えた温度で長時間保てば、殆ど耐火性を失い、六〇〇度Cを超えれば、その強度が減退し始めて製品の原形を維持することはできない。被告は、アスベストスレートあるいは石綿セメント管は耐火性能を有し、防(断)熱用材として用いられると主張するが、アスベストスレート及び石綿セメント管には、耐火性能を有するものと、有しないものが存在するのであつて、素材に関する技術文献の記載も、石綿を素材として用いれば、耐火性能を有するものができる可能性があるということを記載しているにとどまり、防(断)熱用材であつても、耐火には、補助的にしか役に立たない。
また、被告は、原告の耐火性能に関する主張は、日本工業規格などの基準にすぎないと述べているが、被告が何をもつて耐火性能の基準とするかについては、一般の火災温度が一〇〇〇度C前後であると述べているのみであつて、明らかでない。日本工業規格は、業界、使用者、学者、行政官庁などが審議の上制定した一般的、基本的、最大公約数的事項であり、客観的、合理的な理由を明示することなく、その採用を否定することはできない。
更に、被告は、石綿の種類、製造の際の圧力条件などは、石綿セメント材、したがつて、引用例に開示された多重管が耐火性能を有するか否かとは無関係であると主張するが、石綿の種類、圧力条件などは、耐火性能を具備するための重要な要素である。引用例記載の多重管は、耐火性能を有する必要性が少なく、耐火性能を有しないものであるが、これは抄造の際の石綿セメント薄膜の厚さ、圧力条件にも関係があるのであつて、製造された製品の物性値(弾性係数、抗張力、比重、熱膨脹率、熱伝導率、吸水率)に大きい影響を与える。すなわち、石綿セメント薄膜を高圧で捲きつけ、水密性を増大させるため水セメント比を小さくし、製造する(引用例特許公報第一頁右欄第五行)から、製品の強度が大きく、多孔度(空隙率)を示す吸水率が一四%と小さく、内圧、外圧を受ける用途に使用され、かつ、圧力に耐えるのである。
被告は、複合管単位体の連結について、内層管体先端が露出していなければ、連結導管を構成できないと主張するが、その連結方法としては、引用例記載のように突出している内管を加熱して嵌合する方法に限られないのであつて、管継手による接合方法もある。そして、そのいずれの方法による場合にも、内管が露出することは珍しくないのである。本件発明においては、どのような連結方法によつても、内層体が外部に露出しないように被覆することが必要であり、そのように示されているが、引用例記載の多重管においては、その必要がなく、そのように示されていないのである。
第三 被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決取消事由の主張は争う。
審決の判断は次のとおり正当であつて、審決には何ら違法の点はない。
(一) 引用例記載の多重管は、ビニール樹脂管に石綿セメント薄膜を捲き重ねてそれを管状に被覆した多重管であるが、一般に石綿セメント材は耐火性能を有するものであることは、その材料となる石綿すなわちアスベストも、いわゆるセメントないしコンクリートも、ともに耐火性能を有することから、明らかである。石綿は、保温(断熱)用や耐火材料として用いられ、また、セメントに砂、水を配合して養生硬化させたコンクリートは、耐火材料として用いられる典型的なものであるから、石綿繊維に接合剤としてのセメントと水を混合し養生硬化させ、板状に形成したアスベストスレートあるいはパイプ状に形成した石綿セメント管は、耐火性能を有し、防(断)熱用材として用いられるものであつて、一般の火災温度である一〇〇〇度C前後の温度において不燃性であることは、当業者にとつて周知の事実である。
給排水管などとして種々の利点を有するが、火熱には弱い塩化ビニルなどの如き合成樹脂製管を、このような石綿セメント材で被覆することにより、外部からの熱が内層管に及ばぬように遮断(断熱)し、それぞれの欠点を相補充する耐火性パイプが構成されるべきことは当然であつて、引用例記載の多重管を使用するときは、耐火性能を意識すると否とに拘らず、本件発明と同じく、耐火効果を奏することは明らかである。
原告は、耐火性能を有するとは、二時間加熱による一〇一〇度Cの加熱温度に耐えうることをいうなどと主張しているが、耐火性能に関する原告の主張は、いわゆる耐火性についての一般的な定義ではなく、日本工業規格などに合致するための要件であり、関連法令所定の法的効果を奏するというにすぎない。
また、原告は、石綿の種類、石綿セメント製造の際の圧力条件などに言及しているが、これらは耐火性能の優劣に関係するところであつて、石綿セメント材、したがつて、引用例に開示された多重管が耐火性能を有するか否かとは全く無関係である。
(二) 原告は、引用例記載の多重管は、一〇〇度Cないし二〇〇度Cの温度に耐えうる程度のものにすぎない旨主張する。しかしながら、引用例には、引用例記載の石綿セメント管が一〇〇度Cないし二〇〇度Cにおいても、性能はあまり変らないとの記載があるが、これは、ビニール樹脂管の使用限界温度が六〇度Cないし六五度Cであるのに対し、一〇〇度Cないし二〇〇度Cでも石綿セメント管の性能に変化がないことを説明したものであつて、引用例記載の石綿セメント管には耐火性がないと記載しているものではない。
また、原告は、引用例記載の多重管は、土中に埋設される配水管にふさわしい多重管であつて、耐火性能を有しないものであると主張する。しかしながら、本件発明と引用例記載の石綿セメント管状物は、ともに火熱に弱い合成樹脂ことに塩化ビニル樹脂製の内層管を石綿セメント製の外層管で被覆するというきわめて単純な構成のものであつて、引用例に記載された石綿セメント薄膜の厚さが〇・二mmであり、偶々農業用水管路石綿セメント管設計の手引中に記載されているところと一致するからといつて、本件発明の場合には耐火性能を有し、引用例記載の発明の場合には耐火性能を有しないとは説明されていない。
更に、原告は、内外層複合管体を連通した場合、本件発明においては、内層体が外部に露出することがないのに対し、引用例記載の発明においては、内層管体の両端が露出し露出個所が生ずる旨主張する。しかしながら、このような複合管単位体を連結する場合、内層管体先端が露出していなければ、連結導管を構成することはできない。本件発明の明細書に図示されたような単位管体端部を単に衝合せしめたのみでは当接部分に漏水が生ずるので、これを回避するため、引用例に示されているように、露出した内層管体両端部を密着当接せしめ、露出部分を目地で補充被覆するのである。このような接続方法は単なる施工上の問題にすぎず、本件発明と引用例記載の発明の異同とは全く関係のないことである。
第四 証拠関係
本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
(一) 成立に争いのない甲第二号証によれば、右当事者間に争いのない本件発明の要旨は、特許請求の範囲記載のとおり、「合成樹脂からなる内層体と、石綿とその接合材とによる外層体とからなり、これらの内層体と外層体を一体的に結合して構成した耐火断熱性管状構造体」であつて、本件発明の明細書の発明の詳細な説明には、別紙図面(一)第1図に基づく実施例として、内層体は合成樹脂、外層体は石綿セメントで構成されたものが示されており、その製法については、「石綿に接合材としてセメントを用い、これに適量の水を注入して混合物をつくり、その混合物を管状に成形しその内周面に合成樹脂内層体を結合一体化して耐火断熱性管状構造体の完成品とする。」(本件発明の特許公報第一欄第三〇行ないし第三四行)が、「まず合成樹脂内層体をつくり、この内層体に前記石綿セメント外層体を適当な方法で均一の肉厚に結合一体化してもよい。」(同欄第三五行ないし第三七行)と記載されていることが認められる。
これに対し、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には、ビニール樹脂管に石綿セメント薄膜を捲き重ねて管状に強固に被覆した多重管の製造方法に関する技術が開示されており、この多重管は、石綿セメントの原料液を抄造金網でこし取り、この石綿セメント薄膜をフエルト上に移載し、加圧ロールで加圧脱水しながらビニール樹脂管に多重に捲き重ねて強固に被覆したものであることが認められる。
本件発明の耐火断熱性管状構造体と引用例記載の多重管とを対比すると、両者は、合成樹脂からなる内層体と、石綿セメント層からなる外層体とを一体に結合した多重管である点において、その構造及び材質ともに差異がない場合が存在することが明らかである。
(二) 原告は、本件発明の管状構造体は、(a) 石綿とその接合材とによる外層体が火災に耐えうる性能を有すること、(b) 管状構造体を連通した場合、その外表面が外層体で被覆され、又は目地などにより補充被覆されることにより引用例記載の多重管が有しない、火災による破損を防止するという作用効果を奏する旨主張する。
(1) まず、本件発明の管状構造体と引用例記載の多重管との耐火断熱性能については、前掲甲第二号証によれば、本件発明の管状構造体については、特許請求の範囲にその性質として耐火断熱性能があることが明記され、発明の詳細な説明にも、「火災時における合成樹脂管の破損の生じるのを防止する耐火断熱性管状構造体を提供することを目的としている。」(第一欄第二四行ないし第二六行)と記載されているのに対し、前掲甲第三号証によれば、引用例記載の多重管が耐火断熱性能を有するかについては、その特許請求の範囲には記載がなく、その発明の詳細な説明に、耐熱性に関し、石綿セメント管は、「一〇〇度Cないし二〇〇度Cにおいても性能はあまり変らない。」(第二頁左欄第二行ないし第四行)と記載されているにすぎないことが認められる。
しかしながら、前述のとおり、本件発明の管状構造体と引用例記載の多重管とは、その構造及び材質において差異がない場合が存するから、両者の性質も、当然同一であつて異なるはずがなく、本件発明の管状構造体が耐火断熱性能を有するものであれば、引用例記載の多重管も、これを否定すべき特段の事由が前掲甲第三号証に徴するも認められないから、当然に耐火断熱性能を有するものというべきである。
この点に関し、原告は、引用例記載の多重管は、石綿セメント管が一〇〇度Cないし二〇〇度Cにおいて性能があまり変らないという右のような温度領域に着目して、多重管の性能の改善を図つているのであつて、耐火に必要な一〇〇〇度C以上の温度領域に耐えられるものではない旨主張する。
引用例には、石綿セメント管の耐熱性に関し、「一〇〇度Cないし二〇〇度Cにおいても性能はあまり変らない。」と記載されていることは前述のとおりである。しかしながら、前掲甲第三号証によれば、引用例の右記載は、多重管がもつ優れた性能を説明するために、ビニール樹脂管と石綿セメント管とを、変形、耐熱性、耐寒性、耐薬品性、抗張力について対比するに当り、耐熱性に関し、ビニール樹脂管が軟化点八三度Cないし八八度C、使用限界温度六〇度Cないし六五度Cであるため高温において強度低下するのに対し、石綿セメント管が一〇〇度Cないし二〇〇度Cにおいても性能が変らないことを参考資料的に示しているにすぎず、引用例記載の多重管が一〇〇度Cないし二〇〇度Cの温度領域に耐える程度のものに限定されることを示しているものでないことは、その記載自体から明らかであつて、この記載があるからといつて、引用例記載の多重管が耐火性能を有しないものとすることはできない。
そして、成立に争いのない乙第六号証によれば、石綿(アスベスト)が耐火、防熱用材として板、管などに用いられることは、引用例記載の発明についての特許出願前周知であつたことが認められ、また、成立に争いのない甲第九号証の一ないし三、甲第一一号証及び乙第八号証によれば、石綿セメント製品(ことに石綿セメント管)が耐火性の要求される用途に使用される場合があることも引用例記載の発明についての特許出願前周知であつたことが認められるから、引用例に石綿セメント層を有する多重管が記載されていれば、耐火性能を有しないものであることを示す記載がない限り、この多重管が耐火性能を有することを否定することはできない。
原告は、この点について、石綿セメント管は、必ずしも耐火性能を有するものではなく、用途によつては耐火性能を備える必要がないものがあり、引用例記載の多重管はその製造条件からみて耐火性能を有しない配水管ことに土中に埋設される配水管にふさわしいものである旨主張する。
しかしながら、前掲甲第三号証によれば、引用例には、多重管の製造に際して耐火性能を有しないものを製造するための条件についてこれを規定する記載はなく、製造条件として具体的に記載されているところをみても、無端フエルトに移載された原料薄膜の厚さが〇・二mm程度であること(第一頁左欄下から第三行)、吸水フエルトで吸水して石綿セメント積層部の水分を一五%ないし二〇%とすること(同頁右欄第二行ないし第四行)、実験に供した多重管の石綿セメント層の厚さが六mm及び九mmであること(第二頁左欄下から第八行ないし第五行及び右欄第一三行)がそれぞれ断片的に記載されているにすぎない。成立に争いのない甲第一六号証の一ないし三によれば、石綿管協会「農業用水管路 石綿セメント管設計の手引」第二頁には、農業用水管に用いられる石綿セメント管において、芯金の外周に所定の厚さになるまで捲き取られる石綿セメント薄膜の当初の厚さは〇・一mmないし〇・二mmであると記載されていることが認められるが、その製造方法及び捲き重ねる以前の石綿セメント薄膜の厚さにおいて引用例の記載と一致する点があるからといつて、引用例記載の多重管をすべて右の用途に使用されるものに限定して解すべき根拠にはならない。また、成立に争いのない甲第一七号証によれば、小林茂宣作成の鑑定書には、引用例記載の多重管と本件発明の管状構造体における各外層体(石綿セメント管状体)の自然科学的見地からの相違点を明らかにするため、引用例記載の発明についての特許出願当時に存した日本工業規格の水道用石綿セメント管JIS A五三〇一-一九五九と本件発明についての特許出願当時に存した耐火目的でつくられた日本工業規格の石綿セメント円筒JIS A五四〇五-一九五一とを対比したことが記載されている。しかしながら、本件発明は、日本工業規格を備えることを発明の構成要件とするものでないことは、前述の特許請求の範囲から明らかであり、また、前掲甲第三号証によれば、引用例には多重管を構成する石綿セメント層を日本工業規格に基く性質を有するものに限定する記載がないことが明らかであつて、いずれも日本工業規格とは直接関係がないものであるから、右鑑定書における対比は、本件審決の取消事由の存否の判断については意味がなく、しかも、そこで対比するものはいずれも外層体に係る特定の石綿セメント層のみについてであつて、合成樹脂(ビニール樹脂管)を内層体とした本件発明及び引用例記載の多重管とは同一といえないものであるから、この点においても、右鑑定書における対比は意味がなく、これをもつて、引用例記載の多重管が耐火性能を有しないことの根拠とすることはできない。更に、成立に争いのない甲第二九号証によれば、塚本孝一作成の鑑定書も、引用例記載の多重管の製品性能については、前掲甲第一七号証に記載されているところを引用し、これを前提としてその耐火性能を鑑定しているものであるから、前掲甲第一七号証について判断したところと同一の理由によりこれを採用することができず、成立に争いのない甲第三一号証によつてもまた、以上に判断したところと同一の理由により、引用例記載の多重管が耐火性能を有しない根拠とすることはできない。そして、ほかに引用例に記載された製造方法によれば引用例記載の多重管がすべて耐火性能を有しないものとなるとの証拠もないから、引用例の示す技術が原告主張のように耐火性のない多重管を製造するためのものであると解することはできない。
(2) 次に原告は、本件発明の管状構造体の構成について、本件発明においては、管状構造体を連通した場合、その外表面が外層体で被覆され又は目地などにより補充被覆されうるのに対し、引用例記載の発明においては、ビニール樹脂管の両端部の外表面が露出しているから、それを連通して使用するとしても、ビニール樹脂管が外部に露出し耐火性能を有しない旨主張する。
前掲甲第二号証によれば、本件発明の特許出願の願書に添付された別紙図面(一)には、両端部も外層体で被覆されたものが示されており、一方、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「ビニール樹脂管4は積層部8より長くなる。」(第一頁右欄第一八行、第一九行)と記載され、別紙図面(二)第1図にビニール樹脂管の両端部が石綿セメント層で被覆されず、露出しているものが示されていることが認められる。
しかしながら、本件発明は、管状構造体の両端部が被覆されたものであるか否かについての状態又は管状構造体の一定の連通方法を前提とした構成を発明の構成要件とするものでないことは、その特許請求の範囲にこの点に関する記載がないことから明らかであり、前掲甲第二号証によれば、本件発明の明細書の発明の詳細な説明にも、「このようにして製造された耐火断熱性管状構造体を連通し……使用する」(第二欄第三行ないし第五行)と記載されているにとどまり、両端部の状態及び連通の具体的な方法については、何らの記載も存しないから、本件発明と引用例記載の発明とを対比するに当り、多重管の両端部の状態及びその連通方法に関する点について、両者の異同を論ずべきものではない。ことに、多重管の構成については、これを連通する場合にどのような態様で接続するかは、特に構成上の限定がない以上、単なる施工上の問題にすぎず、本件発明の管状構造体については、例えば、両端部の合成樹脂管を露出させた状態にして接続し、露出部分を目地などの部材で被覆することが可能であり、一方、引用例記載の多重管については、これを接続した後、露出部分を目地などの部材で被覆することも可能であり、両者は、多重管の連通方法において何ら差異のない方法をとりうるものであるから、この点に差異があることを理由に引用例記載の多重管が耐火性能を有するものではないとする原告の主張は採用できない。
(三) したがつて、本件発明の管状構造体と引用例記載の多重管は、その構造及び材質において同一であり、引用例記載の多重管について耐火断熱性能を有することを否定すべき特段の事由は認められないから、両者は、耐火断熱という作用効果を奏する点においても差異を生じるものということができないので、本件発明は、引用例記載の発明と同一に帰し、特許法第二九条第一項第三号に規定する発明に該当するとした審決の判断は正当であり、審決には原告の主張するような違法はない。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 竹田稔 裁判官 水野武)
別紙
(一)
<省略>
(二)
<省略>